カンマンボロン

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ビッグウォールクライマーであるビッグ・サカイ氏の「LOL 5.13a」をビレイしている時、頭上から灰色の物体が降ってきた。てっきりロープの切れ端と思っていたそれは、羽毛すら生えていない産まれたばかりの雛鳥だった。脳天が割れすでに事切れていたその子には、やけに長いかぎ爪が備わっていた。おそらく猛禽類だったのではないだろうか。

カンマンボロンは絶命危惧種ハヤブサの営巣地である。もちろん雛鳥がハヤブサであったと断定はできない。ただ、幼く孤独な死を見るのは心が痛い。しばし合掌したのち、そっと土に埋めた。

 

水不足

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永福町から首都高速に乗ると電光掲示板が水不足を知らせていた。利根川が取水制限になるとか書いてある。水不足はよろしくないが、おかげでこうしてクライミングができる。とは言えコンディションは期待できない。当初はマルチピッチを視野に入れていたが山間部はどんよりと重い雲がのしかかっている。結局シングルピッチに変更することになった。

 

スラブ 5.10c MOS

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アップは「ハヤブサ 5.13a」の1ピッチ目、スラブ5.10cを登る。バランシーで面白い。最後の抜け口もワイルドで個性的。瑞牆の大岩壁にやってきたことを感じさせる。

カンマンボロンは初めてだったが、この日は次から次にパーティがやってきた。前回大面岩で3パーティしかいなかったのとは対照的。

 

NEXT LEVEL 5.11d RP

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砂のエリアは混んでそうなので隣にあった30mのラインに狙いを定める。日本離れした貴重な一本である(海外の岩場行ったことないけど)。

出だしは90度前後でホールドはポジティブな印象。弱点を突いてやや蛇行気味に乗っ越していけそう。一方、ボルトはほぼダイレクトに伸びている。ラインの選択はクライマーのルートファインディング次第、といったところか。

オブザベーションの印象をサクっと交換してサカイ氏がマスターでスタート。弱点を突いて乗っ越しを抜けて行く。核心は予想通り乗っ越しだったようだがどうもそのあとも悪そう。なにせ湿度も高い。じっくりレストを入れながら現場処理をこなして見事マスターオンサイト。

バトンタッチしてフラッシュトライ。もちろん気合十分…のはずが出だしでまごつく。予想よりポジティブじゃない、と思ったがよく見たらホールド発見。ややバタついたが核心直下へ入る。手順を間違えたかバランスが悪い。レストを入れ突入するがホールドがフィットせずまたしてももたつく。苦し紛れでムーブを起こすがフォール。勿体無いトライだった。

ホールディングの確認と掃除してロワーダウン。上部は未知のまま残す。

そして2try目。イメージしたホールディングとムーブで核心へ入る。やや強引だがそのまま押し切ってテラスへ。十分にレストできるスペースでこの先に待ち構えるラインを読む。集中力が切れないように呼吸を一定に保つ。

その先は明確に覚えていない。シケた浅いホールドに耐えてレストポイントへ向かい、そしてまた次の悪いホールドに耐え次のレスポイントを目指す。という展開を数回繰り返して終了点へ到着。

FLは逃したが自分のムーブでグランドアップできたのは嬉しかった。トポでは30mと記載されているがもう少し短い気がする。おそらく25m前後。

 

LIFE LINE 5.12a FL

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続いて本日のハイライト、これまた長〜い12a。トポには「ルートを間違わなければオンサイトもあり得る」とあるので、先ほどと同様ルートファインディングが鍵となりそう。一方、下部のホールドは細かくボルト間隔もなかなか渋い。

さっきと全く同じ流れでオブザベーションおよび意見交換、そしてサカイ氏のマスタートライ。予想通り2ピン目付近が悪い。下手なことをするとグランドフォールもありそう。一旦クライムダウンしてもう一度オブザベーションを仕切り直す。

今一度ホールドを確認し再出発する。もちろんオンサイトトライは継続中。ドローにロープがあるので幾分緊張感は和らぐが、依然悪いトラバースを抜けて上部へ向かう。慎重にルートファイディングをこなし着実に高度を上げる、そのまま完登。流石の登りである。

そして前述の「NEXT LEVEL」完登後、十分な時間を空けて僕のフラッシュトライ。

ビレイ中にキーホールドを見てしまっているので、比較的スムースにトラバースを抜ける。とは言え悪いものは悪い。中間テラスまで気を吐きながら抜け、レスト体勢へ。十分に体力を回復させ長い旅路へ向かう。ホールドは予想よりポジティブ。一瞬、勝ちを意識したが甘い考えだった。

一手進めるごとにホールドが細かくなり足使いも極めてシビア。もちろんホールドは湿っぽい。弱点を突きながらホールドを辿るとやや右巻きとなるが、当然の結果として左へ戻るトラバースが現れる。最終クリップは足下数十センチ。追い打ちをかけるように足を滑らせるが耐えに耐えて望みを繋ぐ。さらにモヤっとしたホールドまで出てきて心は折れる寸前。

落ちたくない一心で薄カチを握り倒す。だが、このままでは気力も体力が保たない。深く息を吐き、落ちてもいいから力まないように気持ちを切り替える。不安定な体勢でシェイクを入れ、流れが来るのを待つ。ジワジワとムーブを起こし進んでいくとお約束のようにガバホールド。だが終了点は見えてこない。

タタラを踏む膝を堪えながら、今にも抜けそうなホールドをだましてムーブを繋げていく。遂に終了点が視界に入ったが、最後のカチが微妙に遠い。ここで雑になると間違いなく落ちるだろう。他に使えるホールドやムーブはないのか、何度も探るが最後は肚をくくる。

一度レストポイントに戻り呼吸を整える。大丈夫、アレはきっとポジティブなカチに違いない。最後はそう信じる以外にない。気を吐きながら捉えたカチは十分にポジティブだった。しかし自分の前腕は風前の灯、とても長居はできない。見渡すと完璧なガバが目に入った。もはや雑でも構わない、ガバを鷲掴みにしてマントルを返す。最後の力を振り絞ってジワりとテラスに立ちこんだ。

曇った空の先に青空が少し覗いていた。

 

LOL

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その後、砂のエリアに移動すると予想通りの賑わい。(そうはいっても10人に満たない)

名前どおり大きな砂山のような石塔がそびえ、中間部には顕著なハング。トポを見ながら各ラインをながめ最右端の「LOL 5.13a」を触ってみることにする。

サカイ氏がマスタートライを開始するが出だしから悪い。中間部まで抜けるが次はプロテクションが遠い。あーだこーだとムーブを探るが上部のフレアしたクラックは極悪の様相。落ちると当然のロングフォール。何とかトップアウトするが、降りてくると同時に「これ、再登者少ない筈だよ」の一言。

もはやヨレヨレ&充実感MAXだったが、せっかくドローもあることだし一回だけトライしてみる。予想通り出だしからハード。岩の表層も不安定で粒子がポロポロと剥離していく。そして下部もそれなりにプロテクションが遠い。上部に付いたころには既に身も心もズタボロ。

「本当に怖いのは上部、是非味わってくれ」と熱い推薦を頂戴していたが、ロクにムーブを起こせず。トップアウトすら許されなかった。

 

ボロンボロン 回収便

残った時間は風のエリアや周辺の偵察。最後に「ボロンボロン 5.11c」をトライ。もちろんオンサイト狙いだったが、ボロボロなのは岩じゃなく自分の方。終了点直下の核心でフォール。これまたボルト位置が低くて墜落距離が長い。流石にムーブを起こすのは諦めてマイクロカムを極めエイドで抜ける。

オンサイトを逃してしまったが、エイド登攀はそれはそれで楽しかった。最後の最後にひと仕事終えたような、奇妙な充実感に浸った。

梅雨時にフラッシュグレードを更新したのはとても嬉しいが、この日も色んなクライミングが楽しかった。そこにはアプローチやエイド登攀も含まれている。以前は打ち込んでいる課題を一日中打っていることも多く、頭の中はそのことでイッパイだった。そういったスタイルが嫌いなわけではないが、もう少し余裕をもって課題や岩場と向き合ってもいいかもしれない。かつての自分は、落ちてきた雛鳥を見てどう思っただろうか。

「Rock&Snow #063」に掲載された「希少猛禽類営巣地の保全について」では、ハヤブサの営巣期間はクライミングの自粛を提案している。ヨセミテでは既にそうした規定があるようだ。本文中では「3月初旬から5月末まで」を自粛期間として提案しているが、今回の個人的体験と、ヨセミテが3/1 – 7/15を基準としていることを考えると5月末では早すぎると思う。少なくとも6月いっぱいは営巣期間である可能性が高い。

いずれにせよ、期間や範囲については専門的な知見をもって公式な指針が出されることを望む。カンマンボロンを初め、瑞牆、そして多くの岩場がいつまでも登れる場所であってほしい。

次は秋晴れの空を終了点から眺めようと思う。


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