昨年、丸氏と初めてマルチにいった際、彼はすこし伺うように聞いてきた。
「シルバーフリーウェイとか、どうですかね…?」
私はもちろんこう答えた。
「いつ行く?今週?それとも来週?」
それも食い気味に。
シルバーフリーウェイと聞いて行かないという選択肢は存在しない。いつ行くか、それだけである。
瑞牆本で目にして以来、ずっと登りたかった一本である。グレード的に難しいわけでもないしアプローチもそんなに遠くない。ただ中尾さんの名文から伝わる冒険性は否が応でも緊張感を高める。こういうルートはこういうのが好きなパートナーと組みたい。しかも双方初見が望ましい。そうなるとパートナー探しが難しくなるが、まさかの瓢箪から駒、棚からぼたもち。このチャンスを逃す手はない。時期的にシーズンは終わりに差し掛かっており、来シーズンに決行する運びとなった。
前述の会話から冬をまたぎ、その日はやってきた。少し雲が重いが5月にしては涼しい。ピリっとしたスラブを登るには悪くないコンディション。
取り付きから見上げると想像より傾斜は寝ている。広大なスラブの大海原を、わずかな凹凸を頼りにラインを見極めるつもりで肚を括ってきたが意外にも明瞭。プロテクションを決めるであろうフレークもはっきりと見て取れる。
第一印象は「快適そうなスラブ」だった。いや、正直なところ楽勝だと思った。本気シューズを出さなくてもいけるんじゃない、とナメた口をきいていると丸氏が味のある表情を向けてくるので、黙ってジーニアスを履くことにした。
立ち木にゼロピンをセットし、大海原へ漕ぎ出す。ひとつ目のRCCまであがると、急にホールドが乏しくなる。極端に悪いわけではないがムーブを見誤ると修正は難しいだろう。ナメてかからなくて良かったと安心しつつ慎重に高度を上げていく。フレークに到着するとラスクのような岩質。グラニュー糖のように粒子がポロポロ剥がれる。スリットにカムを多めに決めるが、果たして落下に耐えうるのだろうか。実に興味深い問いである。更にポケットホールドにスリングを通してプロテクションにする。
ふと誰かがスリングを通せる箇所があると嬉しそうに話してた気がする。どうも世の中は物好きが多い。
当初の読み通りスパイスは効きつつも概ね快適にオンサイト。むしろガルバニック腐食を起こしている終了点を整備したほうが良さそうに思えた。
2P目は丸氏リード。ポロポロと岩が欠けて落ちてきたがオンサイト。
3P目はクラックに入るところが濡れていて全体を通してここが一番悪く感じた。
4P目はふかふかの庭園を歩き。
5P目はワイルドなピッチを岩頭まで抜ける。
無事に全ピッチをオンサイトして取り付きへ戻った。
中尾さんに倣ってグレード感を書くとこんなところかと。
1P: 5.10c
2P: 5.10a
3P: 5.10a
4P: 歩き
5P: 5.8
Rがつくかどうかは他のRルートを登ったことがないのでわからない。何にせよ素晴らしいルートを登ることができてよかった。
他でも言及されているがご祝儀岩には他にもいくつかラインが引けそう。かつすでにステンレスアンカーが散見された。また来る機会があれば左のルンゼ〜クラックラインを見に行きたい。