以前から気になっていたトピックですが、スポーツクライミング教本やRock&Snow077のJack氏の連載で摩擦とか摩擦力について取り上げてあったのでちょっと調べてみました。
はじめに
調べてみて分かりましたが、この分野は絶賛研究中って感じで未だ結論が出てないことや一致しない見解があるようです。
摩擦力の発生原因に関しても近年になって新たな理論が出てきたり、わりと変化の激しい学問って印象ですね。今後も法則や理論が覆される可能性は十分ありそうなので、このエントリーのタイトルにも”2017″を加えています。
ちなみに物理とか工学を先攻していたわけではなく基本的に門外漢なので、まあなんつうかポエムだと思って読んでいただけると幸いです。
中高で学ぶ摩擦の法則は万能ではない
中高ではざっくりこんな感じで学んだと思います。
2. 摩擦力は見かけの接触面積によらない
3. 最大静止摩擦力が動摩擦力よりも大きい
4. 動摩擦力は速度によらず一定である
荷重を P、比例定数を μ とすると、摩擦力 F は次式で表される
F = μP
あまり一般的な図ではありませんが上記の法則を斜面に配置したブロックで表現したのが図1です。
さてここからが本題ですが、いくつかの研究結果から例外が報告されています。以下の論文や講義内容が法則の破れや例外について触れています。
主に弾性体における法則の破れが指摘されています。ちなみに弾性体って何よ?って話ですが、めちゃくちゃ雑にまとめるとゴムとか柔らかくて変形しても元通りに戻る物体です。
一方、中高で学んだ法則(クーロン・アモントン則)は塑性体でほぼ成り立つようです。塑性体って何よ?って話ですが、これまた雑にまとめると金属とか鉱物など硬くて変形すると元通りに戻らない物体です。
余談ですが、Rock&Snow077でJack氏が弾性体の対義として「個体」を用いていますが、なんとなく誤用なんじゃないかと思います(おそらくは「剛体」って言いたかったんじゃないかと)。また、論文内では「塑性体」が頻出するので摩擦を語る上では「弾性体」の対義としては「塑性体」のほうが適切っぽいです。
弾性体では荷重が7倍になると摩擦係数は半減する、らしい
クーロン・アモントン則では摩擦力は荷重に比例します。図2で示すように、物体Aの質量が大きくなるにつれて同じだけ摩擦力も大きくなり物体Aはすべり出しません。したがって摩擦係数は変動しません。
しかし、先に紹介した入門講座 やさしいゴムの物理によると弾性体の摩擦力は荷重に比例しません。それどころか摩擦係数が変動すると報告しています。具体的には
- 摩擦係数は荷重の-1/3乗に従う
- 摩擦係数は荷重が7倍になると半減する
と驚愕の研究結果が報告されています。数値については材質によって異なると考えた方が良さそうですが、ひとまずこの結果に基づいて図1を修正したものが図3です。
これをスラブクライミングに当てはめると「同じ性能のシューズでも体重30kgなら傾斜45度のスラブを登れて、体重60kgなら傾斜38度までしか登れない」を意味しています(図4)。
「まじかよ、とりあえず痩せるわ」 って感じですね!!(本音を言うと「体重半分にしても傾斜7度かよ」という印象)
厳密には「登れる/登れない」ではなく「落ちない/落ちる」ですが細けーこたあいいんです。また、摩擦係数と傾斜角の変動は三角関数を使って求めています。尚、繰り返しになりますがこの分野は絶賛研究中なのでこれらの結果は覆されるかもしれません。
接触面積と摩擦力
続いて接触面積です。クライマー的には脚置きやホールディングと密接な関係があるので気になるところですよね。
ところが、こちらは諸説ある上に「見せかけの接触面積」とか「真の接触面積」など何やら込み入った話になってきて理解するのが大変です。
雑な感想ですが、ナノレベルオーダーの観測と日常レベルの観測が明確に分離されず混在したまま議論されている印象があります。摩擦力ってナノレベルだと「衝突」なんだけど、日常レベルだと観測出来ないため話がややこしくなってる気がします。かと言って個別には論ずると現象全体の把握がうまくいかなっていうジレンマが…
なんにせよこの分野の核心っぽい雰囲気ですね。(ポエム感)
一応触れておきますとクーロン・アモントン則では摩擦力は見かけの接触面積に依存しません。図5で示すように、物体Aに生じる摩擦力は同じです。
しかしクーロン・アモントン則とその現代的意義 P.31では「摩擦力は真接触部位の面積に比例する」と述べています。
一方でアモントンの法則が系統的に破れは、やや逆張りの主張をしていて「摩擦係数が荷重とブロックの大きさの増加とともに減少する!!」と述べています。ここでなぜ接触面積ではなく「ブロックの大きさ」や「ブロックの長さ」など曖昧な表現になっているのか気になるところですが、ついていくのがしんどくなってきたので
考えるのを辞めました。
とは言え仮説を立ててみる
個人的には「接触面積が大きい方が摩擦力も大きくなる」を支持しています。
理由としては
- 摩擦係数が荷重の増加によって減少するのはほぼ間違いなさそう
- 減少する原因は「前駆滑り」などが指摘されている
- 「前駆滑り」はナノレベルのゴム負けと考える
- ナノレベルのゴム負けを防ぐことが摩擦係数の保持に繋がる
- ゴム負けは一定以上の荷重によって発生する
- 総荷重あるいは単位面積当たりの荷重を小さくすればゴム負けを低減できる
- 接触面積を大きくすれば単位面積当たりの荷重を小さくなる
という具合です。「前駆滑り」をゴム負けと解釈すると突っ込まれそうなので先に謝っておきます(しかし訂正はしない)。
この仮説が正しければ
「足裏をベタ置きして接触面積を稼ぐほうが、つま先にピンポイントで立ち込むより有利」
が成り立ちます。
さらに前項の「荷重が7倍になると摩擦係数は半減する」および「単位面積あたりの荷重が7倍になると摩擦係数は半減する」も正しければ、
「ソールの接触面積1平方cmで傾斜40度のスラブが登れる場合、接触面積7平方cmなら摩擦係数200%で傾斜60度のスラブが登れる」
も成り立つはずです。最後のヤツは我ながら暴論な気もしますが、ポエムなのでよろしくお願いします。
指皮でも近い結果になるのでは
ところで指皮も当然ながら弾性体です。参考にした資料は基本的にゴムを対象としていますが、指皮も同じか類似した法則に基づくのではないかと考えています。今後はスローパーの処理などに落とし込んで考えていきたいですね。
ちなみに手指・皮膚表面摩擦に関する研究にも「研究も解明もイマイチ」という旨の記述があります。スイムウェア開発とかは表皮と流体の摩擦とかやってそうですが、オリンピック種目になったことだしどっかの野心的な研究者が着手しないかと期待しています。
長々とここまで読んでいただいてありがとうございます。最後に重鎮スラビスタから頂戴したtweetで本稿を締めくくりたいと思います。
計算なんてしてないで、
男は黙ってスメアリング!— うえくさ (@xauxaux) 2017年9月19日